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マイケル・ジャクソン「The Michael Jackson Tapes」その1:「父親を憎んでいた」「部屋に入って来ただけで吐いたことがある」

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マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の肉声テープがDatelineで放送され、マイケルの生々しい内面が語られている。



このテープはマイケルの友人でスピリチュアルアドバイザーだったユダヤ教ラビのシュムリー・ボテアック(Rabi Shmuley Boteach)がマイケル本を書くために録音したテープ。ラビはこのインタビュー録音を本にまとめた「The Michael Jackson Tapes: A Tragic Icon Reveals His Soul In Intimate Conversation」を出版したところ。

NBCのDatelineに出演した人間関係専門家のラビ・シュムリーは、マイケルの肉声テープを公開しインタビューの時の様子を語っている。

ラビ「彼には傷があったのが伺えた。なかなか人を信用しなかった。とてもゆっくりと心を開いていった」

メレディス・ヴィエラ(Datelineアンカー)「でも人々が聞くであろう質問のひとつで『彼がなくなった今、このテープを公表するのは彼の信頼を裏切ることではないのか?』ということですが」

ラビ「私が彼の信頼を裏切るどころかマイケルがテープレコーダーを手に持って直接口に当てていたものなんですよ。彼はいつも本について私に話していて、『これを必ず本に入れてね』と言っていた。彼はすごくこれを出版したがっていました」




前半は、特に父親に愛されなかったということがトラウマになっている様子が語られていた。




Part1



「僕は愛し返されるためにも素晴らしいパフォーマーになりたかった」

「子供たちのためでなかったなら僕は死を選んでいただろう」

「僕が経験してきたことを他の人がしていたら今頃死んでるかジャンキーになってるかしていただろう」


ラビ「他のスターからのジェラシーとかそんなものはどうだい?ジェラシーはすごくあったのかい?」

「あったさ。Mはそんな人たちの一人だよ。マドンナ。テープでこんなこと言いたくないけど」


ラビ「長生きしたいかい?」

「老いることは最も醜いことだと思う。一番醜いことだ」

「僕の技術がもっと磨かれたらもっと人々に愛されるかもしれない」


ラビ「なぜもっとハリウッドのセレブたちと付き合わないんだい?」

「彼らはライムライトが好きだけど、僕はあの人たちとは共通点が全くない。クラブに行きたがるし、その後座って強いお酒を飲んでマリファナを吸いたがる。僕がやらないそんなたぐいのクレイジーなことすべてだ」

「僕は誰かが必要だった。だからマネキンを持っていたんだと思う。。。僕にはいなかった誰かが必要だった。僕はシャイすぎて現実の人たちと付き合えなかった。マネキンが好きだ。まるで本物の赤ちゃんや子供や人間みたいだ。部屋で人々と一緒にいるような気にさせてくれる」

ラビ・シュムリーがマイケルに最初に会ったのは1999年、録音を開始したのがその1年後、マイケルが42歳の時だった。ラビはキング・オブ・ポップの信頼する人になりスピリチュアルアドバイザーになっていた。

「プリンスとパリスに言っているように、『何でこれを買ってあげたか分かってる?』すると『私を愛しているから』と答える。僕は『そうだ。だから買ってあげたんだよ』と言う。あの子達はそれを知る必要がある」

「もし僕が子供の頃に"こどもの日"があったら、僕は父を見て『OK、ダディ。。。ジョゼフ。今日は何する』と言うだろう。それが僕にどんなに意味のあることか分かる?父は『そうだな。映画にでも行くか?』と言ってくれる。それが僕にとってどんなに意味のあることだったろう、シュムリー。(涙声)」

「僕は今まで話したことがないことを話すよ。これは本当の話だ、シュムリー、僕はあなたに嘘をつく理由がない。神は僕が真実を話していることを知っている」

「僕の成功と名声、、、僕はそれが欲しかったと思う。欲しいんだ。なぜって愛されたいから。それだけさ」

ブルック・シールズとの交際について;

「あれは僕の生涯の恋のひとつだった。」


メレディス・ヴィエラ「会話を出版する計画はいつもあったんですね?」

ラビ「そのとおり」

メレディス「なぜ彼は会話の本を出版したがったのですか?」

ラビ「彼は世間が彼を疑っているのを知っていました。彼はマスクなしのただの男として知ってもらいたかったんだと思う」

9ヶ月のインタビュー録音期間を通して二人はとても親しくなり、ラビはマイケルを家族の一員と思うようになった。
ラビの子供たちはマイケルにプレゼントされた犬”マシュマロ”をまだ飼っているし、金曜夜のラビの自宅での楽しいサバス・ディナーにマイケルが参加した思いでも覚えている。

Part2



マイケルが子供の頃のパパ・ジョーについて;

「本当だよ、シュムリー。それで多くの辛い思いをしてきた」

「観客席を見ると、彼がこんな顔をしている。で、こう思うんだ。『おー、へまできないぞ。僕たち殺される』 ただ震え上がるどころじゃなくて、皆が手拍子しているのに彼は『へまするなよ』って感じで睨みつけている。僕は『オー、ゴッド。ショーの後僕は厄介なことになるな』と思うんだ」

「父の車が家に帰ってくるのが聞こえる。彼はいつも大きなメルセデスを運転していた。それでゆっくり運転するんだ。『ジョゼフが帰ってきた!早く!』と皆で叫んで、ドアが閉まる音とともに皆自分の部屋に走って行った。僕が夜寝ている時間のことも何回かあった。夜中の12時だ。ドアの鍵が閉まっていた。すると彼は『おまえに5秒やる。もし開けないんだったら蹴破るぞ』と言った。そしてドアを蹴りだしたんだ。ブンッ!ドアを蹴る。ドアを蹴破りそうだ。『今日、何であの契約書にサインしなかったんだ!』 僕は『分からないよ』と言う。彼は『サインするんだ!サインしないと厄介なことになるぞ!』と叫んだ」

ラビ「それできみはサインしたの?」

「せざるを得なかった。彼はとても荒っぽかった。彼は投げ飛ばして思い切り殴った」

「父は荒っぽかった。彼が殴ったやり方は酷かったんだ。時々、まず服を脱がせて裸にしオイルを塗った。それは儀式だったんだ。オイルを塗ってそれでアイロンのコードで打った。それはまるで死にそうなぐらいだった。顔やボディ、体中を鞭打った。母が後ろで『やめて、ジョゼフ!あの子を殺しちゃうわ。殺しちゃうわよ~!やめて~!』と叫んでいるのがいつも聞こえた。僕はただ諦めていた。自分にできることはないというようにね。そんな父が大嫌いだった。憎んでいたよ」

ラビ「きみは父親のマネーメイキングマシーンみたいだと感じ始めたかい?」

「そうだ。これは二度と忘れない。ある日、彼はこう言った。『お前たちがもし歌うのを止めたら俺はお前たちを厄介払いするからな』 これが彼が言ったことさ。僕は傷ついた、、、子供にこんなこと言うものじゃない。僕は一生忘れないよ」

「父から愛を感じたことはない。僕を抱きしめてくれたことも触ってくれたこともない」


マイケルが子供の時父親にしてもらって嬉しかった思い出がひとつだけある。彼が5歳の時、カーニバルで父親に抱き上げられて馬に乗せてもらったことだ。この思い出が彼の人生の毎日でホッとする瞬間だったとラビに言ったそうだ。マイケルは子供をネグレクトすることの酷い影響を身を持って知っていた。


「僕たちは母によく言っていた。僕たちはお互いに言い合っていた、、、僕は一生忘れない。ジャネットと僕はこんなことを言っていた。『目を閉じてごらん』 ジャネットは『オーケー、つぶったわよ』 僕は『ジョゼフの写真が棺おけに入っている。彼は死んでいる。君は気の毒に思うかい?』と聞く。彼女は『ノー』と言った。こんなことを子供の頃お互いにやっていたもんだよ。僕たちはこんな遊びをするのが好きだった。彼女が『全然』と言う。そんな感じだ。そのぐらい憎んでいた。」

マイケルのきょうだいたちは過去にパパ・ジョーが辛く当たったことを語っている。だが、彼らの言うことは一貫していない。パパジョーは息子を鞭打ったことがあるとは言うが、殴ったことはないと言っている。ジャクソン家の代表はこれについて「コメントするのまでもない」と語ったそうだ。

ジョー・ジャクソンに会ったことがあるというラビはこれが本当だと思うか?と聞かれると、

「マイケルに関しては、この主張が本当か嘘かというのは重要ではない。真実ではないかもしれない。でもマイケルは確かにこれを真実だと認識していたことだ」
と答えている。


しかし、父親を憎んでいたものの自分が成功したのは父親のおかげだと言っている。

「父に神の祝福を。彼は素晴らしいこともいくつかしたから。彼は才能がある天才だ。」

マイケルは怒りと落胆との格闘をしていた。

ラビ「今は彼をどう見ているのかい?」

「僕は今でも父が怖い。父は部屋につかつかと入ってくると、、、神は僕が真実を話しているのを知っている、、、僕は何回も彼の目の前で気を失ったことがある。一回だ。正直に言うと。1回気を失った。彼が部屋に入ってきたから僕は彼の目の前で吐いた。あー、このオーラが来ると僕の胃は痛くなるんだ。厄介なことになると分かるからね。でも今は彼はすごく変わった。彼はもっと良い父親になりたがっている。もっと早くに学んでくれたらと願ったよ。」

ラビ「それなのに何で今でも彼が怖いのかな?」

「まだ傷が残っているからだよ。彼の前では僕はエンジェルみたいなものだ。僕は怖い。ある日彼が聞いたんだ。『何で俺が怖いんだ?』 僕は答えられなかった。僕は心の中で『ジョゼフ、あなたが僕に何をしたか知ってる?』と思っていた。」

これが父親との本当の和解を不可能にしている原因ではないかとラビは思っている。

ラビはマイケルが欲しかったのは他の何ものでもない、父親に認められること、愛されることだったと分析している。それが得られない場合には、彼は癒されない。何百万人のファンでも彼を癒すことができないと言っている。




うぉ~!何でよりによってマイケルの父親があのモンスター・パパ・ジョーなんだ?!と思わずにはいられない話でした。


マイケルの思いが語られた後半のビデオはまたこの次に。





こちらはラビ・シュムリー・ボテアックの著書「The Michael Jackson Tapes」からの抜粋です。ご参考までに。。。

あんなに仲の良かったラビなのに交際が絶えた理由もなんとなく書かれていますね。ファンの方は是非ご一読を。

Michael confused his afflictions of soul with ailments of the body. But whereas once upon a time the light of celebrity was hot enough to make him feel better, he had reached a stage where even that no longer warmed him. Drugs became the only balm by which to dull pain. As time went on I understood why things like painkillers or plastic surgery were so attractive to Michael. Michael knew nothing but pain.

Michael's drug use was difficult to detect because of how spacey and out-of-it everyone expected him to be. Plus, it was easy to assume that Michael took strong painkillers only when he was in physical pain. In the time that I knew him, he always seemed intent on me having a positive view of him and nothing untoward was ever done in my presence.

In retrospect, there were more signs that he was on something than I or anyone around him recognized or acknowledged. Michael was very forgetful. He sometimes seemed woozy. His head once drooped completely at the home of a friend that I had taken him to meet. But I just thought that with the kind of crazy hours he kept -- Michael was going to sleep at 3:00 or 4:00 in the morning -- he was just always tired. Michael often called me and spoke as if he was either tremendously inspired or a bit off.

"Shmuley, I'm just calling to tell you that I love you. I looovvveee you. IIII llloooovvveee yooouuu. . ." "I love you too Michael," I would say. But by and large, those conversations were very short, and I thought to myself, yes, that's strange, but that's Michael. He's different. He's eccentric. What perhaps should have made me most suspicious was Michael's constant physical ailments. He was always complaining that a part of his body was hurting or had been injured. This, of course, became a central staple of his trial. But the Angel Ball was my earliest exposure to it. Michael claimed that he had been slammed against a wall by fans and fellow celebrities trying to get his autograph. But even if that had happened, it seemed as though the smallest knocks could completely incapacitate him. And that was either true -- Michael did have a very fragile disposition -- or he was using these ailments, which in his mind were real, as an excuse to take more painkillers.

A few weeks before the major address Michael was to give at Oxford, when he was back in California and I was in New York, Michael called to tell me he had broken his foot while practicing dancing at Neverland. "Are you going to cancel Oxford?" I asked. "No," he said. "It's way too important." In due course, Michael arrived in Britain in a foot cast and on crutches. I heard him give a number of conflicting stories about how he had broken his foot, but again, I made nothing of it, thinking that Michael was forgetful.

A doctor traveled with him to England from the United States and stayed in Michael's hotel. Whenever he would complain of terrible pain from his foot, they would go together into his room and emerge, about a half-hour later, with Michael looking glassy-eyed. I asked the doctor about his background and his practice, and as I recall he seemed to give inadequate responses. He was a personal physician who practiced in New York. I wondered why he had accompanied Michael all the way from overseas just because of a broken foot. There were doctors in England if Michael needed one. But if he was being administered more painkillers for his broken foot, which is what I suspected, Michael was still nowhere near being so out of it that he couldn't function. Michael did come three hours late to Oxford, which meant that he did not attend the dinner that was staged by the Oxford Union in his honor, and he did arrive three hours late at our mutual friend Uri Geller's wedding ceremony the next day where I officiated and Michael served as best man. But other than that, the trip to Britain went off without a hitch.

As I was about to embark on my return flight home, Michael, who was staying on in Europe, reached me on my mobile phone. "Shmuulleeeey," he dragged out the word, partially slurring it, "Yesterday at the wedding, I was just staring at you conducting the ceremony. I was staring at you because I love you, because you're my best friend. I just loooovveeee you." I responded as I always did, "I love you too, Michael." "But no," he said, you don't understand. I loovvveeee yooouuuu," dragging out the words for effect. It was a flattering phone call, but it made me alarmed that Michael was on something very strong. I would continue having conversations with him about staying off the poison of prescription drugs. He never fought me and always agreed.

When Michael was inducted into the Rock and Roll Hall of Fame that March, he invited me and my wife, Debbie, as his guests to the dinner at The Waldorf-Astoria in New York City. Although he was still on crutches, he seemed completely lucid. I spent a few hours in his suite helping him write his acceptance speech and he seemed cheerful and in good spirits. The next time we did a public event together was a few weeks later when we went to Newark, New Jersey. Michael's foot had healed and he was out of the cast. On that day, Michael seemed fine. Confident, chewing gum, and irritated with me as I explained earlier, but nothing more. I was certain that whatever medication he was taking had been connected with his broken foot and was now in the past.

It was a few months later, after I had severed all contact with Michael, that reports started to filter back to me from one of Michael's closest confidantes that he was hooked on prescription medication and imbibing large quantities of them. It was getting much worse, this friend said, and it was destroying his life. Demerol and Xanax, among others, were mentioned. "Is there a quack doctor giving this stuff to him?" I asked. "No," I was told. "The doctors around him seem okay. He seems to be getting his own supply; no one knows from where. Michael is injecting himself with the drugs intravenously." "Well," I said, noting that Michael and I had no interaction and I could therefore offer little assistance, you guys better do something and save him before he completely self-destructs." Michael's parents, Katherine and Joseph Jackson, were also concerned and invited me to their home in Encino, where they asked me to reinvolve myself in Michael's life. Michael's parents related to me that Michael had deteriorated significantly since I had last seen him. His state was bad enough for them to have attempted a family intervention to break the drugs' hold on him. Michael's brothers, a few weeks earlier, had arrived at Neverland unannounced to try to get him into rehab, where he had gone almost ten years earlier after admitting to an addiction to prescription drugs. Michael, however, had heard that they were coming and fled.

His parents were concerned, and I felt for them. But this just reinforced my decision. Not only was I sure that Michael would not listen to me, I knew next to nothing about helping people in this situation except to get them into rehab. Perhaps I could inspire Michael to make that decision, and his parents thought I could at least help. But I knew they were wrong. Michael had long since ceased taking my counsel. He found my advice too demanding. I was an irritant and was treated as such. Katherine, who was the anchor of Michael's life and whom I knew from the long interview I had done with her for this book, and Joseph Jackson, who I was meeting for the first and only time, had much more sway with their son than I did, and it was imperative for them to save their son's life by becoming available parents in his greatest hour of need. And if his own parents could not persuade him to get help, how could I?

Joseph Jackson also raised the subject of Michael's management with me. He said he didn't approve of the people running Michael's career at present and that he wished to reinvolve himself in Michael's management. I told him sternly, if respectfully, "Mr. Jackson, your son doesn't need a manager right now. He needs a father. You should relate to him as the father he feels he never had." I left that meeting shaken. How tragic for Michael, and how similar this was all beginning to sound to Elvis, a fallen star, in terrible emotional and mental anguish, turning to drugs for relief, until they eventually destroyed him. Would Michael end up dead at an early age as well?

According to someone very close to Michael, the year before his arrest, Michael got clean. This person told me that Michael had, by himself, "gotten off the stuff . . . he's completely clean." I was incredulous. "He didn't go for rehab?" I asked. "You're saying he got himself clean on his own?" "Yup," he said, "We're really proud of him. He's clean. I swear it's true." Well, that was good news. I was therefore extremely troubled to hear, from the same person again, that shortly after the arrest Michael had gone back on "the same stuff. He's delusional. That's how he's coping with the case. He's out of it a lot of the time." "Have you tried to get him to stop?" I asked. "Yeah, I had a meeting with him. I told him I was positive he was back on the stuff. He denied it, but I know what he's like when he takes that stuff. But he responded by sort of cutting me off from him. Now, I can't get access to him."

This, sadly, was a typical response to Michael hearing people criticize his behavior. He just shut them out. "Do the people around him know?" I asked. "I don't see how they can't," he responded. "He's drinking a lot of wine and mixing it with all this stuff." This last comment especially surprised me, because, to my knowledge, Michael never drank alcohol. Indeed, even when he came to our home for the Sabbath meals, he would reject the tiny quantity of sacramental wine I offered him, telling me that he never drank "the Jesus juice."

The fact that Michael Jackson had been taking large doses of prescription medication explained much of his erratic behavior. Why would the man who was so famously overprotective of his kids suddenly dangle his own new baby from a balcony in Berlin? Why would the man who was so famously reclusive agree to a British journalist virtually living with him for a tell-all television documentary? Michael always told me how much he hated the British press more than any other. He told me that "Whacko Jacko" had started in England. So why would he have allowed Martin Bashir to essentially live with him for so many months? Indeed, Michael's decision to grant full access to Bashir will forever remain the professional decision that most unraveled his life.

When I watched the 60 Minutes interview with Ed Bradley that preceded the trial, in which Michael accused the Santa Barbara police of locking him up for forty-five minutes in a feces-covered bathroom and roughing him up so badly that they dislocated his shoulder, it seemed so improbable that I suspected that Michael's reality had been impaired. Sure enough, twice in the interview they showed Michael stopping the interview to complain about how much his back hurt. The old opportunities (excuses) to take more prescription medication were back. I called my friend. "Did the police do all those things?" "No," he said. "They were really nice to him. Michael is delusional." Now this report may have been inaccurate, but I doubt it.

In 2004 I wrote in a public article, "If people around him don't save Michael from himself, Michael may be yet another superstar who dies young, God forbid, due to the quintessential celebrity-oriented diseases of drug and substance abuse. But a wall of silence around this problem, while it might protect Michael's image, will do nothing to protect him."

The above is an excerpt from the book The Michael Jackson Tapes: A Tragic Icon Reveals His Soul in Intimate Conversation
by Rabbi Shmuley Boteach. The above excerpt is a digitally scanned reproduction of text from print. Although this excerpt
has been proofread, occasional errors may appear due to the scanning process. Please refer to the finished book for accuracy.
Copyright © 2009 Rabbi Shmuley Boteach, author of The Michael Jackson Tapes: A Tragic Icon Reveals His Soul in Intimate Conversation

Author Bio
Rabbi Shmuley Boteach, author of The Michael Jackson Tapes: A Tragic Icon Reveals His Soul in Intimate Conversation is one of the world's leading relationship experts and spiritual authorities. His twenty-one books have been best-sellers in seventeen languages, and his award-winning syndicated column is read by a global audience of millions. He is the host of TLC's award-winning Shalom in the Home and was Oprah Winfrey's love, marriage, and parenting expert on Oprah and Friends. He served for eleven years as rabbi at Oxford University, where he built the Oxford L'Chaim Society into the University's second largest student organization. Today, Newsweek calls him the most famous rabbi in America. The winner of the highly prestigious London Times Preacher of the Year award, Rabbi Shmuley is also the recipient of the National Fatherhood Award and the American Jewish Press Association's Highest Award for Excellence in Commentary. He lives in New Jersey with his wife, Debbie, and their nine children.


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写真と本文は全く関係ありません。

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2009-09-27 : Michael Jackson : コメント : 10 : Follow celebdailyjp on Twitter


昨夜このペ-ジを発見し、ずっと読ませていただきました。そして、思わず書きこんでしまう事をお許しください。
マイケルジャクソンについて悪い情報も掲載している勇気に感謝いたします。
マイケルジャクソンについては真実も嘘もキメイラのごとく入り組んでいます。
どれが真実でどれが嘘かは、本人が亡くなってしまっている以上だれにも判断がつきません。
もしかしたら、マイケル自身にも日々考えが変わり、分からなかったかもしれませんね。
しかし、彼が一生をささげた仕事は「子供たちのために」でした。
その彼のライフワ-クの動機の一つが父親との関係にあったと思うのは私だけでは無いでしょう。
もちろん、世界中の悲惨な子供たちのニュ-スもその動機となりえたでしょう。
かわいそうな子供を助けたいって誰もが思う事かもしれませんが、行動できるかどうかはその人その人で異なります。
マイケルジャクソンはそれを世界規模でやった数少ない偉人の一人です。
彼の音楽やダンスが素晴らしいゆえに天才と称されますが、私は彼の目的も天才的と称されて良いのではないかと思ってます。

(マイケルは今も皆の心に生きています。)

私は最近子供たちに優しくなりました。
車を運転している時、横断歩道で子供をみかけると、以前は「早く渡って~~」って思ってましたが、最近は「いいよ~ゆっくりで~走らなくていいよ~」って感じす。

心の中に生きているってきっとこういう事なんだなって思います。

頭の中ではいつもマイケルが歌ってます^0^

<<それはカ-ステレオでは?>>

まあそれはともかく、
マイケルジャクソンのファンが世界中で行動すれば、きっともっと世界が平和になるのではないでしょうか?

エブリバディ ドゥ イット ウイズ MJ
2009-09-28 11:08 : noriCo URL: 編集
いつもMJ情報ありがとうございます。

The Michael Jackson Tapesの抜粋もありがとうございます。

これ、ちゃんと買って読みたくなりましたね・・・
信憑性についてはまだ疑ってしまいますが・・・しかし抜粋部分を読んでみて、ラビ氏はマイケルの事に対して思いやりがあったように感じたんですよね。

まぁ、マドンナの件(先日の嫉妬してたとか云々)はいらないんじゃないかとは思いましたけど(笑)


ファンとしては、作り話(金儲けのためや嫉妬など)なのか本当なのか見極めるのは結構大変です。
あからさまな物はもうスルーしていますけど。
でも真実に近い、或いは本当のことを知るのは辛いですね。

もう、暴露とかいいからマイケルの偉業だけを美化し続けてくれぇ!!なんて思ったり。
もう不憫ですよ、マイケルも、残された家族・関係者も(′;ω;)


2009-09-28 11:49 : むむむ URL: 編集
本当に何が真実かなんて本人にしかわからないけど、
父親に愛されたくて、自分の様な孤独な子供達の為に慈善活動して、
他の子供達の様に、一緒に、遊べなくて、その時間を取り戻したくて、ネバーランドに子供達を招待して、なのにお金目的の人達にペドフィリアと訴えられて、
そうだったらなんて報われない、かわいそうな人なんだろう。
父親を憎みながらも感謝している複雑な気持ちはわかります。
2009-09-28 18:35 : キキ URL: 編集
The truth is Michael had the rabbi put on his "enemy list" in 2001 after the rabbi stole $100,000 from charity funds from Michael's "Heal the Kids" project. Michael was a broken soul who thought he could find "healing and refuge" in the rabbi. There is NO proof whatsoever that Michael wanted these conversations to be made public.

とアマゾンUSの読者レビューにありますが・・・。

死後、「親友」を名乗る人びとなど
いろいろメディアに登場してくる人々の言い訳を聞いていると、皆自分に都合のいいようにいって、つくづく「死人に口なし」だなぁっと。

マイケルに、聖人君主であって欲しいとは思っていないので、むしろ気に入らない人の悪口くらい言ってガス抜きするのは全然OKですが、マイケルが安心してカウンセリングを受けられない世界にいた人だと改めて認識しました。

ところで、テープで、ダイアナ元妃にことを自分のタイプだとマイケル言っていますが、マイケルらしい(笑)。
この2人がゴールインしていたら・・
2009-09-28 19:56 : mm URL: 編集
本文と関係ないのですが、2枚目のマイケルは何をされているんでしょう??
チョコレートシロップとホイップクリームをかけられてるようですが…。
2009-09-28 20:40 : ロビーナ URL: 編集
ありがとうございます。
何だかジャクソン家はそれぞれが何でも
秘め事にしてしまい、現実を直視できない
家族のような気がしてきました。

マイケルさんの薬物依存はお母さんも
知っていたと思っていたから、強制的に
入院させていればとも思ってしまいます。
マイケルさん、釈放後、ちゃんと腕上げてます
から、逮捕の時の腕が脱臼したと言うのは嘘だと
思ってましたけど、やっぱりと言う感じです。
前にも書きましたが全てが薬を
手に入れる為の言い訳になっていた
んですね。

1993年以降の言動がおかしかったですから、
薬の影響を受けているとは思ってましたが、
この方が書いているように妄想を抱くように
なっていたとしたら、それも長年の薬の影響
なんでしょうね。この本、単なる暴露本で
はない気がして来ました。

テープの中にマイケルさんの側で遊ん
でいる子供たちの声が入ってますね。
無邪気な子供たちの横でこんな話して
いたなんて・・・悲しいですね。

「Heal the World」を歌うマイケルさんの笑顔が
好きで、この方はどんな時でもステージのの上
では楽しそうに、徹底的にプロとして歌う方だから
そこが凄い方なのに、妄想か、過剰反応なのか、
事実なのか分かりませんが、過去に執りつかれて
いたのは確かなんですね。

2009-09-28 22:53 : Miko URL: 編集
いつもマイケル情報をありがとうございます。
日本だと、なかなか”今の”マイケル情報って入ってこないので、毎日楽しみにしています。

マイケルの生の声が聞けて、このテープは貴重だと思います。
だけど、この本が出ても買いません。
この「おっさん」を儲けさせたくはないから。
マイケルがあまりに素直すぎて、それを利用しようとする輩が多すぎて、悔しいです。

父親を”見捨てて”しまえば(マドンナのいうところの「abandon」ですね)、マイケルももっと解放されたかもしれないのに。
それはよくないことだと、思ってたんだろうけど。
彼が、かわいそうでなりません。
2009-09-29 00:13 : luvmj URL: 編集
管理人さん、

、重苦しい記事とは関係ない

マイケルの楽しげな
子供のような 笑顔のポートサンクス

とってもこっちまで楽しくなる♪

マイケル を取り巻くいろんな事が

相変わらず出てくるけど、
ほんとうに 

マイケルって 純粋ピュアだったよね。


マイケルスーパー貸しきってお買い物シーンのポートだ。
うれしいな。
これマイケルほんとうと楽しそうだよね。

リズ表紙の雑誌カートに入れてる。

よく幼いキッズがやる カートに乗って(笑ビューン

日常みんながやる普通のことが、できなかったから、きらきらしてる

いつも想う、マイケルの声って ララバイ
本当に聞くひとのこころに、
今にも、壊れそうな か細い繊細なボイスなんだけど


優しく こころに 力強く深く響き 穏やか

音楽とおもにマイケルの口からはっせられる
言葉のリズムは、まさに 

感じる音楽そのものだと思う。

よくマイケルは、頭でかんがえちゃだめ。感じることが大切ってあったけど 音楽を聴く原点だと思う マイケル の音楽ってやっぱり凄いって改めて思う

マイケルのインタービュ 貴重。これからいろいろでてくるね。

音楽の関してのこと これからいっぱい又読み返してみたいな。♪マドンナは、むかし
けっこうきいてたけど

最近まるでご無沙汰です。(笑)
2009-09-29 13:31 : やっちン♪ URL: 編集
>皆さん、コメントありがとう☆

ラビが本を出したことには批判も出てるけど
このおかげでマイケルの姿を少し知ることができるのは確か。
私はいろんなマイケルの顔が見たいな。


>ロビーナさん

これはマイケルのプライベートビデオにもあったけど(過去記事にあるので探してね)
スーパーマーケットでゆっくりお買い物をしたことがなかったマイケルのために
モールオーナーの友人がスーパーマーケット貸しきりにしてくれて
遊んでたんですよ。
お客さんや店員さんのふりしてるのもみんなマイケルのお友達とか知り合いの人。
そんな無邪気に遊ぶマイケルにお友達がクリームかけて遊んでるところです。

2009-09-30 04:27 : Hashbrown URL: 編集
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2009-10-05 05:11 : - : 編集
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